- ジャンル:
- まんがかんそうぶん
- シリーズ:
- ざっしかんそうぶん, 雑誌感想アーカイブス
- 種類:
- 読みもの
- 最終更新:
- 2006年10月10日 19時17分
- シリアル:
- 2003-11-25-01
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バレーボールの時間延長にいらいらする昨今。
アフタヌーン2004年1月号の話を。
- げんしけん
今月はずっと純情目線だった大野さんになぜか軽くムカつく。
学食で斑目の隣に座って、「あー、斑目君はあれなの? もしかして同じサークルに気になる人がいたりする?」と延々と続けて困らせてみたい。
- ヒストリエ
お。なんか動きだした? (……残虐シーンがあるから動きだしたと考えるのもあれだな)
- 女神さま
118ページ下段の口のところに裏側のページの集中線がちょうど集まっているのは意図的な効果なんですかね?
- 犬姫様
やっぱりなにもないような気もしてきた。
- ラブロマ
これはよい話だ。
これはよい話だ。
「素敵なことだな!!」の前のコマの白く溶けている星野くんに笑ってしまったのだけれど、あそこはもしかして笑ってはいけないところだったのでしょうか。
- おおきく振りかぶって
「それが捕手か!!!」のコマの、ばしーんと繋がった感じが非常に気持ちよい。『ヤサシイワタシ』でコミュニケーションをぶちぶちちょん切っていたひぐちアサが、今度は速球のストレートを投げこむみたいにパワフルに直截的に人と人を繋げている。これはよい漫画だ。いままでの三回ぶんのパワーだけで当分はついて行ける。
今回の前フリから予想するに、練習試合も初回のような頭脳プレイ中心で描いてくれそうな感じで期待が持てる。叶くんはいい人なのか? そう見せておいて実はすんごい悪の親玉だったりするのか? 試合が何回ぶんくらい続くのかも気になるなあ。
あと田島がかっこいいです。どうしましょう。この感情は。
- 爆音列島
抗争はこういう終わらせかたになるのか。なるほど。
- EDEN
このひとは女子高生が制服着たり裸になったりしつつ脳にジャック刺してる漫画を描いていたほうが幸せだったのではないかとふと考えました。
- もっけ
瑞生メインの話でここまで面白いと思ったのははじめてかなあ。あ、『ウバリオン』も一応瑞生メインになるから初めてではないのか。ともかくいままで『もっけ』になかった形の話で面白い。読んだ後の感じもよいし。
爺ちゃんは「見える人」と「見えない人」の境界に立って、見えない人向けの話し方もできる人であるわけですね。しかし爺ちゃんの説明を聞いていると、ここ数回の『もっけ』は、作品のなかでの「怪異」の在り方を再規定しているようにも思えます。瑞生メインの話なのに中扉は静流が中心近くに描いてあるのを見てやっぱりこの人はひねくれてるんだなあと思ったりもしましたが、この考えは穿ちすぎというものでしょうか。
瑞生の嘘に気付いていながら──というのは静流には瑞生の足元にまとわりつくそれが見えているから──、それでも「残念だったね」とだけ言う静流がなかなか良いなと。570ページ最後のコマの静流の表情はなんかずーんと暗くて、「おいおい姉ちゃん、あんた一人でなんでもかんでも背負い込みすぎじゃねえのかい?」と肩を叩いてやりたくなってしまうのですけど。
- ラヂオヘッド
キている人=「電波」と結びつけるのって、いま漫画の設定としてどれくらい「アリ」なんだろう、と思ったり。「電波系」という言い方はもう(それとも、まだ?)一般でも有効なんだろうか、とか。宇宙からの電波を受信していると自分では思っている人物が登場する、という話ならまだしも、キている人はほんとうにどこかから電波を受信していました、という話だと、読んでいてなんとなく気恥かしさのようなものを感じてしまう。超能力バトルのあたりとか、どっちかと言うと、「懐かしい」という印象じゃありません?
一回一エピソードで話を作っているとすぐに無理が来そうな設定なので、これはわりあい長めのエピソードをやってゆく気なのかなあ。とすると『夢使い』の後継のような作品になるのかしらん。絵面から見ると支持層は重なりそうな感じはしないけど。
ところで宇宙からの電波を受信していると自分では思っている人物が登場する漫画としては永野のりこが有名ですが、いっときネットを中心にもてはやされたZERRY藤尾は昔設定がかなりそのまんまなエロ漫画を描いたことがあるくらい彼女の熱心なフォロワーで、したがって『扉をこじ開けて』は永野のりこのすげこまくんタイプのお話の変形として読むべきなのでありますね。おめえはいまさらなに言ってるんだという話ですが。
- リトル・フォレスト
今回のお母さんは内側だな。
731ページの寄り目のいちこちゃんが可愛らしい。
- 忘れる羊
うだつの上がらない男が女の人と出会ってなにかふっ切れて、という話は、たとえば『スモールマン・ビッグマウス』だってそういうストーリーだったわけで、これもまた四季賞受賞作のひとつの型だと言っていいと思うのです。
751ページの女の子が頭にタオル巻いてこっちをじっと見ているコマはぐっと来る感じでやられてしまうのですけど、このななちゃんというキャラクター設定は許されるのか? という気持ちもちょっとあるのです。お馬鹿で従順で男を立ててついてきて、この人は男性にとってあまりにも都合良すぎないか、という。「愛があるんです! そこに愛があれば許されるんです!!」と僕の心の中でタナベが叫んでおるのですが、ここは首肯しておいたものでしょうか。
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