感想:おおきく振りかぶって (1) / ひぐちアサ

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【こんなのどうでしょう?】SPORE スポア
ジャンル:
まんがかんそうぶん
シリーズ:
種類:
読みもの
最終更新:
2005年09月13日 14時51分
シリアル:
2004-04-03-03

あらすじ

中学時代に「経営者の孫だからエースになった」自分にまったく自信のない投手、三橋は、逃げ出した先の高校でも強力強引な女監督モモカンに引っぱられて野球部に入部することになってしまう。おまけに練習試合の相手として選ばれたのは負い目のある元のチームで……。三橋の才能をいちはやく見抜いた、三橋とはべつの意味で屈折した知性派捕手の阿部、すがすがしいほどの天才四番田島、エースや四番という存在になにか深い思い入れのありそうな五番花井をはじめとする部員たちは、試合に勝って三橋を「ホントのエース」にするために奮闘を開始する。ヤサシイワタシひぐちアサがおおきく振りかぶって放つ「まっすぐ」な野球漫画、いよいよ開幕!

アソシエイトに参加したからには、と思って商業っぽいレビュー構成にしてみたのですけど、あらすじを書くってけっこう難しいですね。というかこういうものを書いている自分に多少サブイボが立ったりもするのですけど、まあそれは見なかったふりをして。

単行本の情報

アフタヌーン2003年11月号から2004年3月号分までを収録。本誌掲載時には二回に分割されていたキャッチャーの役割プレイの回が一話にまとめられて、収録話数は全部で三話。各話の中間と末尾におまけ漫画が追加され、巻末には二巻の予告が、カバーの折り返し部分には主要キャラクター四人(三橋・阿部・田島・花井)のプロフィールが入っています。

感想

ひぐちアサはデビュー作のゆくところから一貫して、挫折、絶望とそこからの回復を描いてきた作家です。この人はまた、作者と登場人物、あるいは登場人物同士の心理的な関係を実に不思議な距離で描く人でもあります。たとえばヤサシイワタシの世界では、人々は離れているようでいて寄り添い、真実を語らない断片的な言葉で濃密に察しあうのです。複数の人物の視点が平坦な地平に並置され、誰も断罪されず、読者が誰に感情移入して読めばいいのか迷うような世界。ひぐちアサヤサシイワタシで自分が神様になって登場人物を裁くのを忌避し、劇的で一過性なカタルシスではなく、日常のささやかなな回復を「救い」として描こうとした、と言っていいと思います。

ところがおおきく振りかぶってでは、ひぐちアサはうってかわって雄弁になるのです。三橋の「まっすぐ」の特殊性、三白眼先生の脳内ホルモン講座、体幹に周辺視野にと縦横無尽に展開されるスポーツ理論、多人数から同時に繰り出される、コマを埋めつくすほどの台詞と独白。実はヤサシイワタシも台詞や独白の数はけっこう多かったのだけど、それらの台詞はたいてい周辺的であって、人物の本当の心情は独白ですら語られずに隠される、というケースもわりにあったのです。しかしおおきく振りかぶってでは、阿部くんと三橋の「それが捕手か!!!」の爽快なシーンに代表されるように、人物の心情が「まっすぐ」に描かれ、人々は互いの心情を彼らなりの正直さでぶつけ合っている。

でもその描きかたは一見ストレートに見えて、実はストレートとは違った味を持っている。作者がどんなに力いっぱい直接的に人と人を繋げても、複数の視点を平坦に描くひぐちアサ独特の距離感はこの作品にもちゃんと残っていて、三橋の投げる「まっすぐ」に似た不思議な印象を読むものに与えるのです。構成はきっちりと整理されているのにどこか糸が絡まっているような、「整理された混乱」とでも呼ぶべきものがある。そしてそれが作品の魅力になっているのです。


この作品では友情も、努力も、そしてたぶんこれから勝利も描かれるでしょう。だけどそれはどれをとってもジャンプ式の「友情・努力・勝利」ではないのです。

友情は一回殴りあいの喧嘩して仲直りすればそれで魂まで融合したような、「ピンチの時はなにも言わずに察して(ときには死後の世界からですら)駆け付けて力を貸してくれる」関係ができるものではなく、ピンチの時はコミュニケーションをとってぶつかり合い、じょじょに育まれ、それでも最後まで相容れない部分が残ることもあるものだし、努力は理不尽に激しくて、努力している姿を見せつけることで読者の共感を呼び、ストーリーの説得力の無さを情動で乗り越えようとするための手管ではなく、きちんと理論に裏打ちされている。

そして対戦相手は単純な悪でもなければ、読者の共感を呼ぶべく泣かせどころを追加された屈折した悪でもない。それは最初から悪ではないのです。もちろん試合相手は倒さなければならない対象で、三星のキャッチャーの畠くんなどは「三橋の価値を見いだせないでいじめて追い出した人」という設定がされているわけですけど、それでも登場人物が試合を通じて倒したり克服しなければならない第一の対象は、試合相手というよりも彼ら自身のなかにある葛藤であり劣等感なのです。そしてこの心の成長と試合展開が同調して高まってゆくところに漫画としての興奮がある。(……って、これ書いてる時点ではじつはまだ試合は終わってなくて、負ける可能性も結構高そうなのですけど)


試合が阿部くんのリード主導でバッター対キャッチャーの戦いとして描かれるのも、知的な緊張感があってとても面白いです。複数人の視点を同時に扱うひぐちアサの作風と野球漫画がこれほど相性がよいとは思わなかった。

おまけ漫画のトイレで着替えをするマネジが、一ミリも露出していないにも関わらずなぜかエロ可愛い。というかこのマネジはけっこういい性格してそうな予感が。どことなく反応の傾向が三橋と似ているような気もする。

三橋が一人っ子なのとか、田島が子沢山一家の末っ子なのがいかにもという感じ。あと、順番選びのときの会話からすると、栄口と阿部は旧知なのかもしれない。中学が同じとか? あ、同じシニアだったのか?

おすすめのポイント

  • 根性論でない理論的なスポーツ漫画。
  • 野球知識をふんだんに使った心理的な駆け引きと、それでも御しきれない若さが描写された試合展開。
  • 少年の回復と成長。それにたぶん、これから話が進めば青春群像みたいな展開もあり得るかも。
  • これから評価が高まりそうな作品ですが、一巻が出たばかりなので流れに追いつくのが簡単です。

こういう人には向かないかも

  • 少女漫画風の絵や線が好みでない人。ひぐちアサは癖のあるデフォルメをする人なので、そこらへんが気に入らない人もいるかも。
  • 善悪がはっきりした話や、感情移入する対象が一人明確に決まっている話じゃないと駄目な人。
  • 野球が嫌いな人、は駄目かも知れないけど、いままで野球漫画が嫌いだった人にはちょっと試しに読んでみてもらいたい気もする。

その他