- ジャンル:
- まんがかんそうぶん
- シリーズ:
- 種類:
- 読みもの
- 最終更新:
- 2005年09月13日 14時47分
- シリアル:
- 2004-08-03-05
あらすじ
妖しい夢と性的不能に悩む青年、努の前に、ある日夢のなかの少女小山内揚羽が舞いおりた。ところが少女と見えた彼女はじつは秘密を隠した年上のお姉さまで、おまけに努にひとかたならぬ好意を抱いている様子。ひょんなことから始った同棲生活のなかで、児童文学同好会の面々に、おなじく努に好意をよせるグラマー同級生、森野もくわえたドタバタ劇をまじえながら、もどかしくも近づいてゆく二人の関係は──。キミの名を呼べばで一躍スターダムにのしあがり、別名義A・浪漫・我慢での作品くわがたも発売されたばかりの美少女漫画界のエース、甘詰留太が贈る初の寸止めコメディー。
単行本の情報
偶数月の第一金曜日に発売のヤングアニマル増刊Arasiのvol.13〜17に掲載された年上ノ彼女CASE.1〜5と、同雑誌vol.11に掲載された読み切りHなまんがができるまでを収録。
感想
増刊vol.11は2002年12月、vol.13〜17は2003年4月〜12月に発売されているので、執筆期間はキミの名を呼べば収録作品と重複しています。COMIC Mujinは毎月7日発売、廃刊になったCOMIC黒船vol.2 は2003年5月21日発売なので、雑誌発売日を表にするとこうなるはずです。
| 2003年 | 12月 | 5日 | 年上ノ彼女CASE.5 | |
| 10月 | 3日 | 年上ノ彼女CASE.4 | ||
| 8月 | 1日 | 年上ノ彼女CASE.3 | ||
| 7月 | 7日 | わたしとポチ | ||
| 6月 | 6日 | 年上ノ彼女CASE.2 | ||
| 5月 | 22日 | エンジェリック・ハウル | ||
| 4月 | 7日 | 奥様の休日♡ | ||
| 4日 | 年上ノ彼女CASE.1 | |||
| 2月 | 7日 | ポチとわたし | ||
| 1月 | 7日 | 三人のマジョ♡ | ||
| 2002年 | 12月 | 6日 | Hなまんがができるまで | |
| 11月 | 7日 | キミの名を呼べば後編 |
※キミの名を呼べば収録作以降のCOMIC Mujin掲載作品は記載していません。
この発表順を頭にいれて年上ノ彼女とキミの名を呼べばの画法の変化やキャラクター造形を見てゆくと、これがなかなかに興味深いのです。たとえば、メガネの浅井先輩はポチとわたし・わたしとポチの先輩にそっくりと言っていいほど似ているし、恋敵役の森野もまたポチとわたし・わたしとポチの星野と髪型が似ている。連載の準備期間を想定すると、どちらが先だったかは一概には言いかねますが、ポチとわたしと年上ノ彼女CASE.1の発表時期の近さも気になるところです。あと、わたしとポチと年上ノ彼女CASE.3もシチュエーションが似てますね。
画法の変化から
画法の変化でいちばん特徴的なのは女性の眼の描きかたです。以前は線を重ねてまつげを表現し、たいてい目尻のほうに一本か二本太めに記号的なハネを入れて、下瞼のまつげはまったくといっていいほど描かない、という描きかただった(例外的に、眼を横あるいは斜めから描くときはまつげを細かく書きこむ手法を取っていた)のが、だんだん時期がすすむにつれてハネの描きかたが細かくなって、下瞼が強調されるようになり、下瞼の目尻近くにまつげが描かれる回数が増加して、とうとう年上ノ彼女ではほとんどのコマで下まつげが省略せずに描かれるようになっています。瞼のハネの数も小型化すると同時に増加し、上瞼のハネはカメラ位置に応じてよりダイナミックに変動するようになりました。
調べてみると、下まつげの初出は満子収録のお父さん療養中の最後の大ゴマで、次が奥さまは少女収録のお父さん調教中、その次がキミの名を呼べばの後編(単行本39〜40ページは描き足し)でした。使用頻度はキミの名を呼べば〜三人のマジョ♡間は微増というレベルですが、ポチとわたしでは全採用に近い状態まで高まっています。ポチとわたしで星野の下まつげがたいてい省略されていることを考えると、女性っぽい男性キャラクターである星野と満子先輩の差をつけるために、満子の下まつげを強調したのが契機になった──、という見かたもできるかもしれません。わたしとポチで星野が女装したとたん、下まつげが強調されるのもひとつの証左になるでしょうか。
このまぶたとまつげの描きかたは眼力が強調される感じでおおっと惹かれるところもあるのですが、年上ノ彼女のようにほぼ省略なくまつげが描かれると、逆に記号に見えすぎるきらいがあって、これはこれで良し悪しだなあと思いつつ読んでいます。あと、たまに虫の脚みたいに見えるのが困る。くわがたの満子みたいなキャラクターに下まつげがびっしり描いてあると、下瞼の線がくまのように見えながら、細かいまつげの描きかたで強迫神経的な雰囲気が出て凄みがあるのですが。(だから、背表紙の満子の顔は狂気の顔なんだなあ)
グロテスクさの魅力・御礼興行
甘詰留太の絵は、人物の表情や顔の造作のバランスがゆがんでグロテスクに見えることがあって、このグロテスクさはこの人の魅力のひとつでもあります。それでもあんまり崩れすぎるとやばくなる危険な傾向ではあるのですが。
グロテスクさに関連して言うと、この人の目の下の斜線の入れかたは尋常じゃないです。そしてこんなにたくさん線を引くのに、この人はめったに鼻の頭を通して斜線を繋げない。線をラフにして鼻の頭で繋げると、ユーモラスな感じが出て画面が明るくなるのだけど、この人は真剣な線をざんざか引きます。だからそのぶん画面はどんどん暗くなる。読者はこの斜線が頬骨の凹凸の表現であり、顔の紅潮の表現であることは理解するけれど、目に入るものは同時に暗い蔭でもあって、そこに怖さを感じるわけです。だから目の下に斜入れたら萌えだから適当に引いとけ的な描きかたとは業の深さが違う。──とはいえ年上ノ彼女収録作では鼻の頭を通る斜線の登場回数が増加していて、これも甘詰留太の変化をものがたる要素のひとつと言えます。
もうひとつ余談ですが、ポチとわたしの満子先輩は、グラマラスで髪型がストレートではないという点で甘詰留太作品におけるエポックメイキングなキャラクターと言っていいと思います。Hなまんがができるまでという前駆があったにせよ、ポチとわたしは甘詰留太の変化におけるひとつの結節点であり、わたしとポチはその御礼興行なのです。きっと。御礼興行という言葉があるかどうかは知らんですけど。
空白の恐怖
たぶん多くの人は、年上ノ彼女を世間一般で言うところのエロコメに分類すると思うのです。だけど、この漫画をラブコメのエロを露骨にしたバージョンとしてのエロコメに分類してしまうのは、ややおさまりが悪い。というのは、この漫画はエロ漫画の文法で描かれているのですね。毎回独立したエピソードになっていて、後半に「行為」的な見せ場がある──という。いちおうエロコメ的な三角関係が仕込まれてはいるものの、いかにもエロコメという話は森野がクローズアップされるCASE.3くらいしかない。この漫画はエロコメディと言うより、本番のないエロ漫画と呼んだほうがずっとふさわしい位置にあります。
もちろん構図やコマ割りはエロ漫画の時と同一ではなくて、作者が苦心している様子はうかがえます。ところが人物と人物の距離感は、作者がエロ漫画で使っていたものがそのまま使われている。いっぽう全身を描くというエロ漫画の制約はなくなっているので、結果として、ひとつのコマに描かれる空間の範囲はエロ漫画のときより狭くなる。全身の世界から上半身の世界へ──というシフトが起きていて、その狭い空間に人物を詰め込んだために、配置や距離で人物の関係を語ることができなくなっている。
たとえば小山内さんは小さい人なのに、小山内さんの小ささという属性は、第一話を除いて努との関係以外ではうまく機能していないのです。ここまでくると、小山内さんは努の前でだけ小さくなるのではないかという気がしてくるくらい、小山内さんの小ささは漫画のネタになっていない。単行本一冊を読みおわっても、読者には小山内さんと森野の身長差がどの程度であるかすらよくわからないのです。62〜63ページの三段抜きで森野をかがませているけど、キャラを立てることを命にする本式のコメディ作家だったら、ここは小山内さんを小さく描くところです。(まあ、この構図には森野の胸の谷間を描くという意図もあるのですけど) 人物の位置にしても、木尾士目のげんしけんが部室の座りかたひとつで人物の関係を語ってしまうのにくらべると、やはり弱さがある。
なぜ小山内さんの小ささが目立たないかというと、身長差を比較できる描きかたがほとんどされていないからです。ほかの人と水平な位置になるときはたいてい座っているし、立っているときは下からの仰視になったり、鋭い遠近をつけたりする。あるいは吹き出しで空間を隠して遠近をぼかしてしまう。そしていざ開けた空間を描く段になると、この人はちょっと逃げた描きかたをする。17 ページ左下の夜歩くコマは二人の関係を象徴する印象的なとても良いシーンなのですけど、でもこの描きかたは甘いです。力が入っていない。ほかの単行本でも、カメラが引いた場面はかならずこういう抜けた感じのいいかげんな絵になっちゃうのです。
だからたぶん、この人は空間や空白を描かないのではなくて、描けないのですね。自分でもそれがわかっていて、なにも描かずに原稿を白いままにするのが恐ろしいから、なにかしらトーンを貼ったり線を引いたり吹き出しや描き文字を入れたりして、空白を埋めずにはいられないのです。目の下の斜線や下まつげの執拗な描きかたにも似た種類の背景があると想像します。
安定の錘と挑戦
話を変えると、年上ノ彼女がエロコメっぽくないもうひとつの原因は、主人公男女の結びつきが非常に強固であるところにあります。なにしろ主人公の男がヒロイン以外では勃起しないというのだから、これは固い。おまけにそこに過去の因縁がからんでくるのだから、もはや27時間テレビの鶴瓶師匠の鉄の貞操帯すらはるかにしのぐ防御力です。
いくら森野ががんばっても、外でかちゃかちゃした事件が起きても、いったん家に帰って二人きりになれば、二人の関係は静かに落ち着いてしまう。というのは、二人きりの場面がエロ漫画なら「行為」にあたる見せ場になっているので、当然ページ数がおおきく割り振られ、描写も濃厚になって、結果その部分が錘になって安定してしまうのですね。作者はわかってこれをやっている。別の言いかたをすると、年上ノ彼女は第一話でストーリーの玉結びをつくって、そのあとの話はその主糸を通底させた串団子になっており、あと一回玉結びをつくればいつでも終われるような構成になっている──、のです。
こういう串団子式の構成になっているのは、掲載誌が二ヶ月に一回の隔月誌で、甘詰留太はそのなかでの新人作家という事情がおおきいのだと思います。そういう環境で、想定されるヤングアニマル増刊Arasiの読者層にいかにアピールするかを考えたとき、いつでもストーリーをまとめられる形にしておいて、毎回エロで培った見せかたで読者の目を楽しませるという戦略は正しいです。
ただ不満なのは、年上ノ彼女は甘詰留太にとって挑戦であるはずなのに、挑戦らしい挑戦をしている回が少ない。エロ職人としての責務をまっとうするという姿勢は立派といえば立派だけど、なにかもっと挑戦してほしいのです。この単行本でいちばん挑戦的な漫画って、まちがいなく読み切りのHなマンガができるまでで、次が森野がメインをはるCASE.3ですよ。このふたつはこれまで甘詰留太がやってこなかった方向性に挑戦した話で、しかもそれが立派に面白い。だからいままでやってこなかったことに、これからもっとたくさん挑戦してほしい。そして願わくば空間や空白を恐怖せずに、道具として使いこなす力を手にいれてほしい。それは甘詰留太が男女二人だけにとどまらない、広い世界を描く手段を手にいれるということでもあるはずです。──でももしかしたらそれは、甘詰留太がエロを描かなくなるということでもあるかもしれませんけど。
いろいろ書きましたけど、甘詰留太は、ここは印象づけようと意図して描いたコマを読者にきちんと印象づける技量を持った人です。前も言及した17ページから23ページあたりとか、45ページの髪をとかすところとか、64〜65ページの森野アタックとか、読んでいるとおおっと思いますもん。読み切りのHなマンガができるまでもハッピーでいい話です。気弱っぽいメガネ少年とか、四者四様の姉妹の描写とか、「俺はやるぜ。俺はやるぜ」的な気合いが感じられてなんともよい。トイレの前の十分待ちの場面は実に素晴らしいですよ。
──そういえば主人公とヒロインの結びつきが強固とも書きましたが、おなじように主人公とヒロインの結びつきが強固で、Comic Mujin分裂前のComic 夢雅に作品を描いていた文月晃の藍より青しと比較してみるのも面白いかな、とも思いました。

