- ジャンル:
- まんがかんそうぶん
- シリーズ:
- エロまんがかんそうぶん
- 種類:
- 成人向け
- 最終更新:
- 2007年04月03日 17時48分
- シリアル:
- 2006-12-05-07
秘密の犬神コココちゃんは2006年11月15日に茜新社から刊行された掘骨砕三(ほりほね さいぞう/小瀬秋葉/鉈川紘)の単行本。茜新社と笠倉出版社のアンソロジー本に掲載された連作に、描き下ろしの最終話1本を加えた計10話が収録されています。
主人公の少女犬里咲子と、彼女の数少ない友達にして「百匹の虫を閉じこめ 生き残った1匹を食べ 魔法の卵の卵嚢を生む」不可思議な力を持つ自称魔法使いのクラスメイト、コココちゃん。霊験あらたかなコココちゃんの魔法が巻き起こす騒動と、彼女の魔法で変貌してゆく人々が描かれます。中心となるモチーフは、人間と昆虫または動物の融合したキメラ生物。掘骨砕三の素朴な線で、しかし凄みを感じるほど精緻で細密に描かれた不思議な生物たちは、グロテスクでありながら不思議な魅力を備えています。物語の形式がオーソドックスで、長編としての完成度が高く、(掘骨砕三の作品のなかでは)グロ度が低いほうなので、掘骨砕三を知らない友人を「はめてみる」には良い作品かもしれません。これちょっとエロいけど、はなしっぱなし期の五十嵐大介が好きならきっと気に入るからー、とか口車に乗せて。
はえてる女の子のレビューで書いたように、掘骨砕三作品の魅力は、日常に芽を出した不思議の種が蓋然性のある枝葉を伸ばし、異常で、グロテスクで、しかしどこか美しくて間の抜けた世界として幸せに完結するところと、その蓋然性を支える図画的、あるいは物語的なバックボーンが緻密であるところにあります。ひみつの犬神コココちゃんでは、エピソードの起点が「魔法による変化」と「人間とほかの生物のキメラ」に固定されているおかげで、これまでもっぱら、「どのような生物をどのように誕生させるか」に割かれていた発想力と、現実にはあり得ないひとつの生物、ひとつのエピソードを「ありうべきもの」として紙のうえに現出させるために使われていた構成力が、のびのびと開放されて物語全体に布衍され、ひとつの長いお話を美しく結実させるために用いられています。その意味で、これは掘骨砕三にとってひとつの記念碑的な作品である──と評したい誘惑にかられずにはいられません。
コココちゃんが記念碑的であるもうひとつの理由は、幸せな閉世界の完成ではなく、その終わりを物語の終着点としたところです。これは掘骨砕三作品ではわりと画期的なことだと思うのですけど、どうでしょう。
全体の物語の方向は2話の時点で決まっていたとあとがきにありますが、同じ設定を使ってハッピーエンドに終わらせることだって出来たわけで、どの時点でこの終わらせかたを選んだのかは気になるところです。物語が暗めの展開になることはセスとの対決であらかじめ予告されており、いったん外してハッピーエンド風の展開に持っていってから舞い戻るところからしても、セスのエピソードが進行している間には、もうアイディアがあったと考えて良いでしょうか。コココちゃんでは、魔法の依頼や転校生の登場など、同じモチーフを2回繰り返す手法が使われていますが、描き下ろしの最終話に登場する、ふたりの子供と危なっかしい臭いのする秘密基地というモチーフが9話で登場することから、すくなくとも9話を描いている時点ではすでに決まっていたと言って良さそうです。
それにしてもこの終わりかたは美しい! あまりにも決まりすぎている。感嘆しつつも、「一般受けを狙いやがって!」と小突き回したくなるような悔しさと、一抹の寂しさがある。(いや、狙ったのかどうかわからないけど) この閉世界の終わりは、掘骨砕三がこれまで描いてきた幸福でグロテスクな閉世界の終わりを意味するのではなかろうかと、ふと不安になってしまったりもするのだけど、そんなことないですよね?
参考
- 夜に虚就くのレビュー (2006年2月21日)
- はえてる女の子のレビュー (2006年7月20日)
ネタバレ疑問集
- セスはコココちゃんが好きだった男の子に似ているのは、コココちゃんの願望? それともセスの意図?
これ、どっちに読むかでコココちゃんがセスを頑なに避けていた理由が違ってくると思うんですけど、どちらなのかよくわかりません。
- セスにはまんこついてるのかな?
チンコの下がどうなっているのかは一度も見せてないよね。91ページの、トンボ娘が蝿を吐くコマでは、玉袋らしきものがちらっと見えてるけど。
- こよりの二度目の変身は植物入ってない?
114ページ2コマ目を見ると、蛾の脚の先端部が突起物の集合体のようになっている。食虫植物であるモウセンゴケ類のどれかっぽい?
- 「かね安」は実在する?
「かね安 ラーメン」で検索。実在するらしい。
- アキコはなぜ混ぜ物がない?
これは、こよりがセスの魔法(を食って生まれた)卵で生やしたちんこが子種になった子供だからじゃないですかね。混ぜ物がない状態で交わったからこうなったんだと思う。
ただ、混ぜ物がないのはこより以外の普通の男性の子種だから、と考えることもいちおう可能で、そう考えると次の疑問に対する答えが大幅に変わってしまう。後述するように、コココちゃんが子供にあれほど執着したことを考えると、アキコはこよりと咲子の子供だと信じたいところですが。
- コココちゃんがいなくなったあと、みんなはどうなったのか?
袖の部分に2024年の人物図があるが、ミハルと八重の22歳という年齢は、普通ならちょうど大学卒業にあたる歳なので、コココちゃんの消滅以降を描いたものとは断定できない。
ただ、セスは消えたけれどアキコは消えてないことから、魔法の影響で産まれた子供であっても、出産後であれば、魔法が消えたあとも存続できるのではないかと想像できる。これは、コココちゃんが子供の出産に極めて強く執着していたこととも対応が取れている。魔法の影響を受けた人物がどうなるのかは、描かれていないので不明。普通の人間に戻るのか? それともそのままなのか? また、前述のように、アキコがこよりと咲子の間の子供でないと考えた場合は、魔法の影響で生まれた子供たちの生死すら不明になってしまう。
コココちゃんの魔法は、すべて彼女の子宮を経由したものだった。その意味では、出産というかたちを取らなくても、彼女の魔法を受けて変化した──生まれ変わった──人々は、すべて彼女の子供だったと言える。彼女は咲子に自分の母となってくれることを望み、咲子の子供として物語の幕を下ろすことを選んだが、彼女のなかには、子供として母に憧れる気持ちとおなじように、自分も母親になりたいという願望があったのではないか。魔法が終わると子供たちが消えるとコココちゃんが知っていたなら、子供の誕生にひどく執着していた彼女が、自分の消滅を望んだだろうか。ひとつの魔法が終わっても、魔法から生まれた子供たちは生きつづけている。そう望みたい。読者にそう願わせるだけの力が、この作品にはある。いびつでグロテスクな世界が存続してほしいと願わせるだけの力が。
- サトミちゃんは頼みに来る以前からタッパ・タッパとやってたよね
疑問の余地はないよね。
