- ジャンル:
- Game, Sid Meier's Game, SimCity & Spore
- シリーズ:
- Civilization IV/Civ4情報, Spore/スポア情報
- 種類:
- データ/資料
- 最終更新:
- 2007年09月05日 09時09分
- シリアル:
- 2007-08-16-03
Firaxis所属時に、シリーズ出色の名品Civilization IVのリードデザイナーを務め、現在はElectronic ArtsでSporeの制作に参加しているゲームデザイナー、Soren Johnson氏が、自身のBlogに、「すべきでない8つのこと」と題した記事を掲載しています。デザイナーが制作時に陥りがちな悪癖8つを挙げてその理由を説明した記事。前半戦として、まず4つの悪癖が解説されています。
- 8 Things Not To Do... (Part I) (Designer-Notes)
抜粋
戦略ゲームにあらまほしき機能を列挙した、Troy S. Goodfellow氏による8つの優れた機能にインスパイアされて、私はまったく逆の質問について考えてみた。ゲームデザインにおいて何度も繰り返されてきた、最も名高い失敗とはなにか? これが最初の4つである。(順番に特に意味はない)
1. ハードコアなデザイン慣習 (Hard-Core game conventions)
ゲームデザイナーが陥りがちな落とし穴のうち、最も一般的なもののひとつは、ゲームが十分に難しくないのではと考えることだ。この恐怖は、しばしば制限付きセーブシステムやアンロック制コンテンツのような「ハードコア向けのデザイン慣習」につながるが、これは、楽しい時間を過ごしたがっているだけのメインストリーム層に対する障害にしかならない。
ゲームに制限付きセーブシステムによる緊張感が必要だと感じるなら、そう実装すれば良い……ただし、高難易度用のオプションとして。難易度こそが、ゲームをカジュアル層とハードコア層両方に馴染みやすいものにする鍵である。我々はCivにたくさんの難易度を追加したが、それでも多種多様なファンを幸福に保てたためしがない。
超執刀 カドゥケウス(Trauma Center, DS) は、優れた作品が難易度的な設定がないために駄目になった良い例である。このゲームでは、DSのタッチスクリーンが外科手術に見事に活かされている。しかし、進行が一本道で、4〜5面で難易度が非常に高くなるため、大部分のプレイヤーは数時間プレイしたところで詰まってしまう。各面が時間制であることを考えれば、低難易度で制限時間が増える単純な難易度システムを実装するには、おそらく一週間もかからなかったはずなのに。難易度設定付きの超執刀 カドゥケウスは、押忍!闘え!応援団(Elite Beat Agents)と同じくらい成功できただろう。後者もタッチスクリーンを活かしたゲームだが、恐れることなく低難易度設定を取り入れている。
2. 繰り返しの多い操作インタフェイス (Repetitive interface tasks)
私は今、懐かしのダンジョン探索型RPG, 世界樹の迷宮(Etrian Odyssey) を非常に楽しんでいる。Bard's TaleやLegacy of the AncientsをDSでリメイクできたらどんなに楽しいだろうと夢想せずにはいられないほどだ。
不幸にも、このゲームのインタフェイスは酷い出来で、プレイヤーは不必要な繰り返し作業をスキップできない。戦利品を売りたい? それならうさぎの尻尾を1個づつクリックだ。しかも確認が出るので、1個につき2回ずつ! 長い探索の後では、街に戻ってから、Aボタンを100回は押さなければならない。「Xをすべて売る」機能があれば、極めて時間を短縮できたはずなのに。
訳者:日本語版には「Xをすべて売る」オプションがあったはずだけど……。英語版では事情が異なるのかな……?
もうひとつ類似の例。典型的なパーティ制RPGと同じく、このゲームでも、パーティーが低レベルのクリーチャーを恐れる必要がなくなる時がやってくる。しかし、ランダムエンカウントに出会うたび、プレイヤーは5人のキャラクター全員に攻撃を命令し、標的を指定してやらなければならない。パーティにとって、危険は文字通りゼロであるにもかかわらずだ。(このときのAボタン10回押しの速度は記録に残せると思う) 「パーティ自動攻撃」コマンドがあれば、プレイ時間が誇張なしに何時間も節約できたはずだ。どんなときも忘れてはならない。プレイヤーの時間は有限である。
楽しさ要素 = 面白い意思決定 / 実際のプレイ時間。
3. プレイの多様性が限られている (Limited play variety)
どんなに良いゲームでも、時間が経てば新鮮さは失われる。偉大な作品が、必要な労をわずかに惜しんで、違った体験を追い求めて試行錯誤できる可能性をプレイヤーにあたえようとしないのは、非常に残念と言うしかない。
Company of Heroesは戦術RTSの傑作であり、このジャンルの転換点となる作品である。しかし、この作品では、枢軸国対枢軸国で対戦することができないし、そもそも2勢力以外ではプレイできない。このデザイン上の決定は歴史的事実からの制限なのかもしれないが、ゲームのプレイ多様性を大幅に制限している。
この問題を正しく扱ったRTS上の良例は、Age of Empiresシリーズだろう。プレイヤーは文明・プレイヤー・チームを自由に組み合わせられるだけでなく、独自のマップスクリプトすらデザインできる。私は、FiraxisのプログラマーMike BreitkreutzがAge of Kings用にデザインした面白いマップを覚えている。森林がほとんど無く、石材と金が山ほど存在するため、ゲームの経済バランスが逆転したマップだ。複数のプレイヤーが(ひとりは軍事担当、ひとりは経済担当、のように)、単一の文明を操作することもできた。AoKでは、2文明対3文明のゲームで、実際は2文明が4人のプレイヤーによって操作されているという状況すら可能だった。この種の単純な多様性により、我々仲間内におけるAoKの寿命は、おそらく倍に延びたはずだ。
4. 複雑すぎる (Too much complexity)
すでに完成したデザインにあらたなユニットや施設などを積み重ねたいという誘惑は根強い。たしかに、たくさんの人々が、ゲームを単なる物事の集合体(「18の武器!68のモンスター!29面!」)として捉えている。しかし、言うまでもなく、これは誤った捉えかたである。Sid Meierならきっと、ゲームデザインは面白い意思決定の集合体であると言うはずだし、ゲーム内の「ものごと」は、隙間を埋めるためではなく、意思決定の結果としてそこにあるべきだ。選択肢が少なすぎるゲームは確かに存在する。しかし、選択肢が多すぎるゲームのほうがずっと一般的である。
何個なら良いか? 簡単だ。12個!(間違っても42個ではない) ……まあ、もちろん魔法の数字など存在しない。しかし、12は頭に入れておくには良い数字である。プレイヤーが混乱せずに記憶できる数の上限として、すぐれて実証されているからだ。この数は、自社のRTSが複雑になりすぎないようにするために、Blizzardが使っている数字である。StarCraftでは勢力ごとのユニット数の平均が12だったし、WarCraft 3でも(ヒーローを除けば)同じだった。賭けても良いが、たぶんStarCraft 2でも似たような数字になる。実際、Blizzardは、続編では古いユニットを一部削除してあたらしいユニットの余地をつくると、すでに公表している。
参考
- Soren Johnsonの語る「ゲームデザイン時にすべきでない8つの悪癖」 後編 (2007/9/3)