- ジャンル:
- まんがかんそうぶん
- シリーズ:
- ざっしかんそうぶん, 雑誌感想アーカイブス
- 種類:
- 読みもの
- 最終更新:
- 2006年10月10日 18時41分
- シリアル:
- 2002-03-25-03
| << 『アフタヌーン』2002年2月号 | もくじへ戻る | 『アフタヌーン』2002年6月号 >> |
| この章のはじめへ戻る |
前に戻る
学研の「Super日本語大事典」欲しさに、デアゴスティーニのNew PC Successを買ってしまいました。エロ本を買うのよりも恥ずかしかったのはなぜだろう。
買ってきたものをそのまま読まずに捨てるのももったいない気がしたので、CD-ROMのおまけのブックレットにも一応目を通してみました。すげぇなあ。デアゴスティーニすげぇなあ。読んでいるうちにインプレスの「できる」シリーズが良心的に思えてきたですよ。
アフタヌーン5月号を買ってきました。本誌のど真ん中に「バックナンバーのご案内」などという広告が載っているのを見ると不安で胸がどきどきしてしまうのですが、つつがなくお過ごしなのでございましょうか。
- EDEN
えー。みなさんに悲しいお知らせです。今月もベットシーンです。
ついに父親。
- 神戸在住
エロス人。荒々しい漢たちによってたかってもみくちゃにされ、体臭を匂われるかつらっち。
後半新キャラがいっぱいでよくわかんなかったっス。ただ何となく、窪島くんとは絶対にお友達になれないだろうなとは思いましたが。
- 陽射し、君のいる所
寝ることで省エネ、って前にどっかであったなあ。何だっけ。
絵はまあ、他の人の影響を受けているのはすぐに分かるのです。お話が外向きで暗くなっていないのとか、色々見せ場を作ろうと頑張っているスタンスは好きかもしれない。
- Sea Side Souvenir
久々の博内和代。ぼくはこのヒトの漫画が好きで好きで、何だったらもう一人で勝手にシンパシーを燃やして熱くなっているくらいなので、前回よりも軽めで所々にギャグもちりばめられ、構造もややシンプルでわかりやすくなり結末に何となく救いを感じないでもないこの作品は大変気に入りました。
2つの世界が併置されていて、一方の世界の人物は何かが欠け、どこかが歪んだグロテスクな姿が緻密な線で描写され、もう一方では満ち足りた姿が簡略化された「漫画」的な線で描写される、というモチーフは前作のバナナチ○コと共通。海辺の描写はチャックのある風景、ひなびた街の細々とした風景は世棄犬名義で描かれた慢性破綻を彷彿とさせます。
一応はヒロインであるはずの女性が現われる728-729ページの描写の変化がいかにもこのヒトらしくて面白いです。まず728ページの2コマ目、透明感のある大ゴマで浜辺に打ち上げられた女性の体全体を描き、その真下の3コマ目で顔のアップに寄ります。このコマは顔の一部をさらに切り取る形になっていて、全体はまだ見せません。このコマでは、女性の顔は見方によっては綺麗と言えないこともない微妙な描き方をされています。
で、次のページ。2コマ目で女性の顔が初めて正面から描かれます。またこのコマはこの漫画では数少ない、キャラクターと読者が真っ直ぐ見つめあう場面のひとつなのですが、にもかかわらず女性は栄養失調の人間が二日酔いになったような酷い表情で描かれてます。5コマ目で再び女性の顔が大きく描かれますが、ここではアゴとエラのラインがいびつに強調され、視線は斜め下を向き、目は虚ろです。ここで、「あ、この女の人は綺麗かもしれない」と思っていた読者の評価は一気に不細工路線に変更されてしまうのですね。このヒトはこういう「揺さぶり」のかけ方が非常に巧い。
ただこのヒトの巧さは、たとえばリアルな人物なり風景なり、あるいは2つ以上の世界が交錯する複雑な物語が好きだからこういうのを描いているのか、こういうのを描く能力があるから描いているだけなのかがよく分からないです。よく分からないのが不気味で、そこが面白くもあるのだけど。
もう一つ、瞳の話。この作品では人物の瞳がほぼ例外なく虚ろに描かれていてるのだけど、おそらくこの虚ろさはあのような「リアル」な描き方を選択したことによる不可分な結果であり、この描き方の選択が博内和代の作品の方向を決定づけ限定することにもなっているとも思うのです。つまり、この描き方をしている限り同じような話しか出てこないんじゃないか、と。この路線で「虚ろではない」ことをあらわすには、780-781ページでやっているように表現を漫画的にしてしまうか、それともキャラクターに目をつぶらせるかしか手段がない訳です。(余談だけど、この780-781ページ上段中央の老人の顔の不整合はもちろん意図的なものですね)
ちなみにsouvenirというのは(旅行・場所・出来事などの思い出となるような)記念品・みやげ・形見で、フランス語の「思い出す」から。元々の語源は「心の中に起こる」を意味するラテン語だそうです。なるほど。
次へ進む
| << 『アフタヌーン』2002年2月号 | もくじへ戻る | 『アフタヌーン』2002年6月号 >> |
| この章のはじめへ戻る |