- ジャンル:
- まんがかんそうぶん
- シリーズ:
- ざっしかんそうぶん, 雑誌感想アーカイブス
- 種類:
- 読みもの
- 最終更新:
- 2006年10月10日 20時21分
- シリアル:
- 2004-03-27-06
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フィギュアは来月だというのに、よつばと!を読むためだけに電撃大王を購入してしまいました。すげえ俺。どういう心境の変化だ。まるで富豪みたい。
まあ過程はどうあれ正当な対価を払って購入したわけで、正当な対価を払って購入したということは内容に対して好き勝手言える権利を手にいれたということです。というわけで普段はやってない電撃大王の感想も書いてみる。
とりあえず、電撃大王を手に取ったときに、「あ、あれは読んどかなきゃ」とかならずチェックを入れる作品をリストアップ。
- 優:よつばと!
- 良・可:ニニンがシノブ伝・BLOOD ALONE・GUNSLINGER GIRL・苺ましまろ
良と可は細かく分けるのが面倒なのでいっしょくたに。
26連載があるうちに5つも読みたいものがあれば月刊漫画雑誌としてはそれほど悪くない気もするけど、ではなぜ電撃大王を毎月金を払って購入しないのかというと、たぶんそれは読みたくない作品を圧倒的に読みたくないからなのでしょう。
アフタヌーンだったら、「これはあんまり読みたくないな」と思う作品はいくつかあっても、「これは目を通すのも嫌」というのは一つか二つしかない(どれとは言わないけど欄外がいつも黒いヤツとか)のだけど、電撃大王は「これ読むのにお金払いたくないなあ」と思う作品が結構ある。画面がごちゃごちゃして視点のピントがあいづらい作品とか、逆に雑に白い感じのする漫画とか。
放送が終わったテレビアニメのコミカライズで、原作の展開をただなぞっているだけの漫画も読んでいて困る。かといって原作と違うことをやられてもそれはそれで困惑することも多いわけで、そんなことならいっそメディアミックスなんかやめちゃえばいいじゃん! この大空に翼を広げて自由に飛んでいけばいいじゃん! と叫びたくなる日もあるけれど、メディアミックスのマッスルトライアングルの一角たる(あとのニ角は忘れました)メディアワークスにそんなことを言うだけ野暮なわけで、だから結局は読みたい漫画の単行本だけを選んで購入するはこびになるわけです。まあそっちのほうが家計にもやさしいからとくに文句はないのですけど。
……とか勝手なことを書いていたら感想を書く時間がなくなってしまいました。各漫画の感想はまたそのうち。
ふごーで不都合 つづき
(2004年3月28日)昨日書いたのを読みなおしてみたら非常に恥ずかしかったのであれはなかったことにしようと思います。昨日はなにも書きませんでした。書いてません。書いてませんから。あー。あー。
でもまあ行きがかり上感想は書いておこう。というか書き出したときはそっちがメインのはずだったのになぜあんなことを書いてしまったのだろう?
- よつばと! / あずまきよひこ
さーたーあんだぎーには漫画家を引きつけるなにかがあるのだろうか。
この人はあずまんが大王の頃から、「このコマはどうしてこう描いてあるんだろう」「ここでこの人がこういうことを言ったりやったりしたのはどういう理由があるんだろう」と読者を立ち止まらせる「マンガのささくれ」をつくるのが非常に得意で、そのテクニックはよつばと!でも遺憾なく発揮されているのです。されていることにしてください。でないと話が進まない。
で、あずまきよひこの作品で「マンガのささくれ」を産み出しているものを想像してみると、だいたいこんな感じじゃないかと思います。
- 記憶に残る、まねしたくなる特徴的な台詞まわし。
- 人物の台詞や行動・画面に配置された細かなアイテムから、画面には(まだ)描かれていないバックグラウンドがあることが推測できる。
- バックグラウンドには一貫性がある。簡単に変更されたりゆがめられたりしない。エピソード間で矛盾がない。
- バックグラウンドは読者を圧倒しない。こっそりと目立たないように配置される。エピソードが主でバックグラウンドの描写は従。
- 2〜4の積み重ねにより、読者と作品のあいだに「バックグラウンドは一貫性があり、それを読み解く要素が作品にちりばめられている」という信頼関係が形成される。
- 5より、読者には画面上に隠された要素を発見する喜びと、発見した要素からバックグラウンドを推理する楽しみが提供される。
- バックグラウンドはキャラクターをより魅力的に見せるために用意されている。
隠された要素を集めて人物像を頭のなかで再構成する行為そのものがキャラクターを魅力的にする、のかも。
- また、読者は項目2〜4を濫用して、画面上の要素を勝手に深読みしたり妄想を働かせることもできる。
- 一貫性のある強固なバックグラウンドが提供されているので、深読みや妄想が作品の自然な延長線上にあるように見える。
だからどうしたと言われると困るけど、最近「萌え」と呼ばれるものごとの歴史や技術についていろいろ考えていたもので。「萌え」は作り手と受け手の共犯関係であって、その成立には80年代の特撮やアニメーション(の作り手と受け手の関係)がおおきく関わっている、とかそういう話ですけど。こういうのは頭で骨子だけ考えてるのが一番楽しいですね。実証しようとすると面倒でたまらん。
なんか長々と書いてしまったので明日になったらまた何もなかったことにしたくなる予感が。ともかく2巻が楽しみだなあ。
- BLOOD ALONE / 高野真之
僕はこの人の描く「奥のほうになにか深いものがありそうな世界」はけっこう好きなのですけど、可能性が云々という話が出てきて以降のクロノスヘイズはあまり面白いと思わなかったのです。あの能力が物語や個々の戦闘にからんで「広がる」感じがしなかった。おっぱいとか会長とか保健室は好きだったですが。
だからBLOOD ALONEでは無理に世界の深い部分に切り込もうとせずに、まわりをぐるぐる周回して内側を想像させてもらえないかなー、と思って読んでいます。ヨコハマ買い出し紀行みたいな、中心に一切踏み込まずに周辺の些末な出来事をえんえん描写するやりかただって立派な描きかただと思う。
あとはおっぱいと保健室が出てくれれば。
- ニニンがシノブ伝 / 古賀亮一
「複数にしてひとつ。ひとつにして複数」というどこかの画像掲示板のような下級忍者集団はギャグマンガにおける一つの発明だと思う、とか言うとたぶん誉めすぎだけど。でもボケたければいつまででもボケのうえにボケを追加できるこのシステムはすごいと思うのですよ。たいてい三人くらいしか出てこない気もするけど。あとこの人も言語センスがすごい。
- GUNSLINGER GIRL / 相田裕
このひとの顔の描きかたって以前からこんなでしたっけ? (こういうときずっと購読していないと比較ができなくて不便だな) なんだか最近ときどきポリゴンの表面にテクスチャが貼りついているだけみたいに見えることがあるのです。
テレビアニメ版は悪くはなかったけれどすごく良くもなかった、という評価。なんというか、作品のポテンシャルを生かしきれてない感じがしたのです。じゃあどうすればもっと良くなったのか? と尋ねられてもとくになにも思い浮かばないのですけど。まあでも、最後まできちんと放映できただけましなのかもしれない。
来月号にはよつばフィギュアがつきます。
それにしても「ふごーで不都合」ってなんだよ。どこが不都合なんだよ。語呂だけでタイトル決めるなよ、と昨日の自分にぶつくさいいながら今書いたこの記事はしばらくの間けっして読みなおさないことに決めました。もう絶対読みなおしません。忘れます。忘却は人間に与えられた天の恵みなのです。わー。うわー。
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